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2020年10月22日 (木)

第101話 マイ・ウォッチ

第101話 マイ・ウォッチ

 

時計の誕生日を知っているか

自分の腕時計が初めて動き始めた瞬間、つまり誕生日を知っている人も珍しいのではないかと思う。私の場合は10月18日だ。

 過日、実に細かな部品を6時間かけて組み上げ、機械式自動巻時計を作ってきた。これまで愛用してきたソーラー電波腕時計とくらべると、正確さからいえば段違いに悪いし、見目麗しさもそれほどでもないし、しかも重くなった。しかし長い年月にわたって先人たちが築き上げてきたあの「小宇宙」ともいうべき精密なからくり・メカニズムを直接に見て、さらに組み立てている最中に「テンプ」を取り付けて、「アンクル」と「がんぎ車」がうまくはまった途端に鼓動を始めたその感激は他に代えがたい体験となった。我が子と思う “マイ・ウォッチ”が誕生した瞬間だった。

これまで、高級機械式時計マニアたちを端から見ていて、何てばかばかしいこと、時計の本質は正確さだと冷ややかに見ていたのであるが、彼らの気持ちがわかるようになった。「トゥールヴィヨン」構造の意味や意義もわかり、それを装着した超高級時計の価値もわかるようになった。ほしいなとは思うけれども、自分の手で作り上げた我が子とは比べようがない。1_20201022172601

ブランド名は“GISHODO”(儀象堂)である。「儀象堂」というのは下諏訪町にある時計ミュージアムの名前であり、そこには北宋時代に作られた水時計「水運儀象台」が当時の設計図を元に再現されていて、実際に毎日動いている。世界で唯一のものだという。「儀象堂」とはその水時計にちなんで名づけられていて、作った時計は儀象堂とセイコーエプソンがコラボレートした作品ということになっている。ちなみにムーブメント自体はセイコーエプソン社の子会社となったオリエント時計製である。

「東洋のスイス」:時計の名産地

 なぜこんなことになったかというと、2ヶ月ほど前に間に気まぐれに富士川の河口にある静岡県埋蔵文化センターに寄ったときに、「星ヶ塔遺跡発見100周年記念シンポジウム」開催を予告するポスターをたまたま見つけたことに始まる。旧石器時代から弥生時代にかけてヒトが生きていく上では必須の刃物の原料であった黒曜石遺跡の発見話だ。長野県の下諏訪から和田峠にかけての地域は北海道の白滝、伊豆の神津島とならぶ黒曜石の日本の三大産地の一つである。黒曜石に関しては関心が深い方なので、さっそく主催者である下諏訪町教育委員会に電話したのだが、新コロナウィルス騒ぎの最中であったために、担当者は予定通り開催しますとは、はっきりは言わない。その代わりに「しもすわ今昔館 おいでや」には黒曜石に関するミュージアムがあると言う。調べたら、たしかに「星ヶ塔ミュージアム 矢の根や」との黒曜石ミュージアムがあった。

またそこには「儀象堂」という時計ミュージアムもあって、時計の組み立て実習もしていることも初めて知った。そう言えば諏訪湖周辺の地域は、昔は「東洋のスイス」などと自称していたほど地場産業として時計製造は有名であった。さっそくもっとも難度の高い6時間コースを申し込んだ。そして、2ヶ月後の10月に組み立て体験をすることになった。組み立て実習の前日は、GoToキャンペーンに便乗してふだんなら決して泊まらないような上諏訪温泉の和風旅館に泊まり、集合時間の朝九時に間に合わせることができた。組み立て終了も夕方になってしまうので、当日もまた奮発して蓼科のリゾートホテルに泊まることになった。

 

組み立て開始:細かくて参った

朝9時、スリッパに履き替え、白衣を着て組立室にはいる。マンツーマンの組み立て指導は2年前まで機械式時計の製造組立をやっていたというベテラン先生である。実際の時計の組立は無塵室状態で組み立てていると先生は言うのだが、今回はコロナ騒ぎのために、窓を開け外の風を入れている。大丈夫かな?と思うけれど、仕方がない。まずは工具の説明やら機構の説明やらをしてくれる。そうだったのかと気付かされる話も多々あった。4つの箱に入ったパーツは驚くほど小さい。部品とその組み立て手順は下記の通りだが、あらかじめ調整して検定する必要のある「香箱車」(こうばこくるま)や「テンプ・アンクル」などは組み立てられた1個のユニットになっている。それでも、とても小さい。

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組立のために、目にはめ込んで使う拡大鏡や実体顕微鏡も用意されているのだが、初心者には拡大鏡の下で作業するのは要領を得なくて、自由にピンセットや時計ドライバーを操ることができず、とてもぎこちない。直接に目で見てやった方がやりやすい。しかし細かすぎる。

 歯車などの心棒は見たところ太さ0.2mm以下だろうなと思うほどの極細である。上から見るとピンセットの先が心棒を入れる細い穴をふさいでしまい、肝心なところが見えない。と言って真横から差し込もうとしても、遠近がとてもわかりにくくなってしまい穴に差し込めない。やっと穴に心棒を差し込んだあと小さな歯車をピンセットで上から押し込む。うまくいったかと、先生に診てもらったら心棒が折れているという。代わりの部品を使ってもらって助かった。長さが0.5mmほどしかないネジもある。細いピンセットでつかんでもピンセットに隠れてネジがどこにあるのか見えないのだ。つかみ方が悪くて勢いよく外れて机の上から飛び出し、床の上に落ちてしまった。先生も一緒に這いつくばって目を皿のようにして探す。ふだんならとっくにあきらめるのだが、先生は見つけ出した。さすがであった。

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何といっても腕時計の心臓部は「テンプ・アンクル・がんぎ車」のシステムである。この部分で時計の精度が決まる。これまでに至るには長い歴史がある。「テンプ」はあのオランダの科学者「クリスチャン・ホイヘンス」が1675年に発明したという。彼は光の粒子説と波動説でニュートンと争った光の科学者である(参考:第37話 光と色と絵の話(5)白い光が見つかった)。「がんぎ車」と「アンクル」との画期的な組み合わせはイギリスのジョージ・グラハムが1715年に発明したそうだが、時計の歴史はなかなか複雑で実に多くの人たちが関わりあっている。その凝縮した心臓部が目の前にあった。

ここまでに香箱車・2番車・3番車・4番車、それにがんぎ車も取り付けられている。竜頭も取り付けてあって、香箱車の中のゼンマイは巻き上げられている。あとはアンクルが付けられているテンプのモジュールをセットするだけだ。そのテンプの太い部分をピンセットでつかむのだが、アンクルがブラブラと動き、止まらない。「まあ、ままよ」と見当を付けてテンプ軸受けにセットする。と、その瞬間にテンプが往復運動をし始めたのではないか。「あ、あッ」声を出したと思う。まさに心臓の動きにそっくり。生を受けた瞬間に思えた。感激である。

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組み立て途中で、測定器にかけて時計の向きをいろいろと変えた状態で精度のチェックをする。一日15秒程度狂うのは許容範囲である。最後はサファイアガラスが付いたケースに入れ、クリスタルガラスの裏蓋を特殊な工具で締め付ける。本来は防水検査をするらしいのだが、その道具がないので検査なし。竜頭の軸にも裏蓋にもちゃんとゴムのOリングが入っていたから、まあいいか。防水は心配なので、手を洗うときは外そうと思う。手がかかるヤツだが仕方がない。最後の最後になって金属ベルトを取り付けて、お終い。先生からは第R2-18号と書かれた修了証書をありがたく頂いた。令和二年の18人目の修了者らしい。時計が動かなくなったら、連絡して下さいという。自分で組み立てたので、あやしいところはたくさん自覚している。動かなくなってしまうことも大ありだ。安心した。

 

出来の悪い子供はカワユイ

「出来の悪い子供ほどかわいい」とはよく言ったものだ。一日15秒ほどの狂いは覚悟するようになった。これまでのところ、1分狂うには2週間ほどかかりそうだ。季節の暑さ寒さによっても変わってくるだろうし、持ち方によっても変わってくるのだろう。面倒を見てあげる必要がある。遅れるのではなく進むようにしているらしいので、待ち合わせ時間に間に合わなかったという言い訳には使えない。

 それにしても狂うことを承知で使う時計とは、なんと人間的であろうか。一月経ったら何分進んでいるのだろう。楽しみである。 まったく手間がかからないソーラー電波腕時計はかわゆくない「モノ」になってしまった。

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