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2014年11月

2014年11月28日 (金)

第88話 右利きの光・左利きの光

第88話 右利きの光・左利きの光


<光がないと影はない>


光がないと影はない。モノの形も色も見えない。あたりまえだけれど、光の下では影がモノにまとわりついている。影があるということは光を発する点が影とは反対の方向にあることを暗黙の前提にしている。太陽や明かりなどだ。そのような光源があっても、透明なガラスのように影を伴わないモノもある。しかしふつうはモノと影は一体となった存在である。曇りの日の屋外のように周囲全体がぼーっと明るいような場合は影は見えないけれど、曇りでも窓から入ってくる光によって影は出来る。


モノと影は一体となった存在であるけれども、モノの色と形、影の色と形はそれぞれ違う違う。モノは多様な色が存在しうるのに、影は世界のどこに行っても色がない。色の言葉で言えば無彩色、黒とか灰色と思われている。ほとんどのヒトがそう感じている。“ほとんど”と言ったのは、ゲーテやスーラが言うように、人によって、環境によって、影にも色がついて見えるからだ。でも、ここではそのような細かいことは気にしないことにしよう。それにしても、影の色がいつでもどこでも誰でもが同じであると感じるのは、考えてみれば不思議なことだ。


モノと影、どちらが主体的な存在であるかは見方や感じ方によって違ってくる。ふつうはモノが主体であって影が添え物であり、影は認識から排除され意識の外にある。美術全集を古い順から見ていくと、さすがに原始時代のラスコーの岩壁画に描かれた動物たちには影はない。モノと影を別の存在として見ていたのだろう。いや、影はあまりにも当たり前すぎて意識の中には存在していなかったのだろう。草原にシマウマとライオンが互いに見える距離にいても、襲ったり襲われたりするその瞬間でない限り、互いに単なる風景の一部であって意識しないのと同じだ。まして影は目につかない。


<影はいつ発見されたのだろうか>


しかし意識の対象がモノから影に移った途端に影が主役になる。影が主人公になった文学や絵画も実際にある。明らかに影とモノとの両方を意識して認識した上で、影を主体にして表現している。逆に影があるべきなのに影のないヒトを主人公にした話もある。とはいえ、見たモノを「あるがまま」に描いてみたいとする人たち、画家たちと言ってもいいのだろうが、そのような人たちが現れて、モノといっしょに影も描こうとし始めたのは、ヒトの意識に大きな変化が現れた時期以降に違いない。影はいつ発見されたのだろうか。


ラスコーの岩壁画は一万七千年前だが、美術全集をめくっていっても、それ以降なかなか影は現れない。影はモノと一体の存在なのに形も色も定まらない。変化する。時には無くなってしまう。影に気がついて意識の上に定着させ、それを表現するにはかなりの意識の転換が必要であったろう。影を描くようになったのはいつ頃からなのだろうか。


最初に見つけた絵画はローマ時代初期のポンペイ出土のフレスコ画「パン屋の夫婦」であった。そには太陽の白い光の下で生じている影が「あるがまま」に描かれていた。(下図をクリックすると大きくなります)


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この絵よりも前の古代ギリシャ時代の絵画には影は描かれなかったのだろうか。探し足りないのだろうか。彫刻は実に写実的に作られているのにギリシャ人は影には気がついていなかったのだろうか。気がついていても、絵の中に描く必要性を感じなかっただけなのだろうか。


「パン屋の夫婦」では光は左上から注いでいることを暗示させるように影が実に写実的に描かれている。写実的に「あるがまま」に人物を描こうとした結果として影も描いていると思った方がいいのだろう。


ポンペイがベスビオス火山の噴火によって埋没した頃はギリシャ時代の影響がまだ強く残っていた。しかし4世紀になってローマがキリスト教を国教にするようになると、自然の光による自然な影も消えてしまう。画家たちは「神のこころ」だけを描くようになってしまった。自然な光、自然な影が再び出てくるのは千年後のキリスト教が世俗化の波にさらされた中世末期からである。宗教画とは違う風景画・肖像画等の世俗画を描く画家たちが現れるようになった。


それにしても、この「パン屋の夫婦」のような構図、つまり光の源が左上にあるように描く構図は右上から来る光の下で描かれた絵画よりも極めて多いと気がついたのはいつの頃だったのだろうか。間違っているのかもしれないが、この構図は古代から現代に至るまで定番なのだ。なぜなのだろうか。画家の右利き・左利きと関係しているのだろうか。


<右利きの画家フェルメール>


この仮説を確かめるためには、その画家が右利きであることがはっきりわかっている必要がある。17世紀のデルフトの画家フェルメールは「画家のアトリエ」と題する絵の中で絵を描いている自分を登場させている。後ろ姿ではあるが、画家は右手に筆を持ち、奥の左側にある窓からの光を受けて立っている若い女性をキャンバスの上に描いている。見てわかるようにフェルメールは右利きである。(下図をクリックすると大きくなります)


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良く知られている「真珠の首飾りの少女」も同じアトリエで描かれていて、窓は描かれていないが影の描き方から光はやはり左上から注いでいることがわかる。この光は現在の「白い光」の基準になっている「北空昼光」であることがわかっている。(参照:第46話:光と色と絵の話(14)「白い光」を定義する)
(下図をクリックすると大きくなります)


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フェルメールの絵で影の描き方で光の方向が明らかに左側からの絵と右側からの絵の割合がどうなっているのか調べることにした。フェルメールの絵は35枚とか37枚とか言われて数は少ないので調べやすい。光が正面や真上から注いでいて影がない場合は除くことにする。そのような影のない絵は特に宗教画に多い。絵の中に登場する天使はそもそも光の冠、光源を頭に抱いて飛んでいる。


するとフェルメールの絵画の90%は左からの光の下で描かれていた。右からの光で描かれている絵が無いわけではない、と言う程度に少ない。右利きの画家は左からの光の下での情景を描きたがる傾向にあると言えそうだ。では左利きの画家はどうなのだろうか。


<左利きの画家 ダ・ヴィンチ>


さまざまな資料から左利きとはっきりわかっている画家の代表はレオナルド・ダ・ヴィンチである。調べて見るとほぼ同数、どちらかと言えば右からの光の場合が50%をやや越える。左利きは右利きのように筆やペンを使いこなせるようにしつけられることが多いから、ダ・ヴィンチは両刀使いであったのかもしれない。しかし50%以上が右からの光で描かれているとの結果は、10%程度しかなかった右利きのフェルメールに比べたら極めて多いと言っていいだろう。左利きは右からの光の下で影を左側に描く傾向があると言ってよさそうだ。右からの光の下で描かれた絵の代表として「モナ・リザ」を、また左からの光で描かれた代表として「白貂を抱く貴婦人」を下に示す。余計なことではあるが、私は「モナ・リザ」よりも、クラクフのチャルトリスキ美術館でみた「白貂を抱く貴婦人」の方が好きだ。(下図をクリックすると大きくなります)


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<光と影の画家たちはどうなのだろうか>


フェルメールやダ・ヴィンチとほぼ同時代で「光と影の画家」と呼ばれているオランダのレンブラント、そして同じく「光と影の画家」と呼ばれているが、特に「明かりの画家」として知られるフランスのジョルジュ・ドゥ・ラトゥールの場合はどうなのか。彼らが右利きなのか左利きなのかはわからない。


調べて見ると、レンブラントの場合、自画像の白黒のデッサン画のように右からの光で描かれた場合もあるのだが、ほとんどすべてとも言える90%が左からの光の下で描かれていた。自画像の場合は鏡を見て描いたのだろうから、本当は左からの光の下で描かれていた可能性は高い。もちろん宗教画や有名な解剖学実験室の絵は光は真上からであって影は見えない。一方、ジョルジュ・ドゥ・ラトゥールの場合には絵の中にローソクやランプを絵の中に登場させることが多く、それらは除くことにする。すると彼の場合、絵の外に光の源を暗示させる場合はほとんど100%が左からの光の下で描かれていた。これらの結果からレンブラントもジョルジュ・ドゥ・ラトゥールもフェルメールと同じように右利きであったのであろうと思われる。


<なぜ左からの光の絵が多いのだろうか>


その絵の左上側に光の源がある場合は、影は当然ながらその絵の中に登場するヒトやモノの右側にまとわりつくように描かれることになる。一般的に影はヒトやモノにくっついた部分が濃く右下の方向に行くに従って淡くなる。これは空気中のほこりの散乱や周囲からの反射光、散乱光の影響が次第に大きくなるためであって、影の境界は次第にあいまいになる。


考えてみれば、画家たちがパレットの絵の具を筆に含ませ、その筆をキャンバスに置くと、最初に置いたところは絵の具の量が多く、筆を滑らせていくとキャンバスに残されていく絵の具の量は次第に少なくなっていく。つまり筆を動かすと次第に濃度は低く薄い色になっていく傾向にある。影というのは物体の近傍がより暗く、離れるに従って淡い影になっていくのだから、筆の動きと影の濃淡方向とは合っている。スムースな合理的な腕の動きを画家は採用するだろうから、右利きは左から右へと筆を滑らすことになる。右利きが右から左に筆を動かしたり、左利きが左から右に動かすことは滅多にないだろう。とすると、左が濃くて右に薄い影の方が右利きの画家は描きやすいことになる。従って右利きの画家は光が左上から来ているような絵を書こうとする傾向が強くなると言えそうだ。左利きはその逆になる。


<左利きの画家を発見できるだろうか>


時代を越えた多くの絵をこの「右利きの光・左利きの光」仮説と照らし合わせながら鑑賞していくとまたおもしろそうだ。中には数少ない左利きの画家を発見するかもしれない。そうなったら、その画家が何だかとても身近な存在になってきてさらに知りたくなる。本当に左利きであったのかなどと自伝、評伝、日記、文献などを漁って確かめるのも、また一興である。

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