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2013年8月11日 (日)

第78話 右撚りと左撚りの話 その2

第78話 右撚りと左撚りの話 その2


前話の続き。まずはロープの切れ端と木ネジを並べてある写真を見て頂こう。


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右にある木ネジはふつう「右ネジ」と言われている。ドライバーで「右回し(時計方向)」に木ネジをまわせば、木ネジは前進して木に食い込んでいくからだ。左にあるロープの表面模様はこの右ネジと同じである。前話では、このロープは縄文の縄の定義では「右撚り」と呼ばれ、一方飛騨の旧美並村では「左撚り」と呼ばれていた。どちらもそれなりに理屈があって、どちらも間違ってはいない。日常生活ではロープや縄(なわ)が「右撚り」でも「左撚り」でもまったく関係のない生活をしているので、どちらでもいいことではある。しかし、この「右」と「左」の混乱が現実に存在していることは気になるものだ。


<ロープの構造>


いわゆる“ひも”などは、日本語では紐(ひも)、縄(なわ)、綱(つな)などとよばれ、英語でもロープ(rope)の他にも太ければホーサー(hawser)、細ければコード(cord)、その他にも実に多様な呼び方がされているのであるが、「右撚り・左撚り」を語る対象としては、以下では代表して“ロープ ”にしておこうと思う。「右撚り・左撚り」はロープの構造と結びついているので、まずは下記に最も単純な“三本撚り”と呼ばれるロープについて説明しよう。なお、英語で示しているのは、糸や布や織物の用語は産業革命時に織物工業が発展したイギリスでの用語の方が詳細であり、それに対応する適切な和語がないためである。(下図はクリックすれば大きくなります)

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ロープは少なくとも3つの階層からなっている。“ファイバー fiber "・“ヤーン yarn"・“ストランド strand”である。最小単位の“ファイバー fiber "は綿や麻などの繊維であり、近年ではナイロンやポロエステルなど合成繊維が多い。わら縄の場合はわらそのものと言うことになる。


まずは、第1段階でこの複数本のファイバーにねじり(twist)をかけて互いにからませながら長い“ヤーン yarn"にする。次の第2段階で、複数本の“ヤーン yarn"に前とは逆のねじりをかけて互いにからませながら太い“ストランド strand”にする。通常はヤーンと逆のねじりをかけて容易にほどけないようにするので、ヤーンが「左撚り」ならば、ストランドは「右撚り」になる。第3段階では3本のストランドにさらに逆のねじりをかけて互いにからませながら「撚りロープ(laid rope)」に仕上げる。ヤーンが「左撚り」ならストランドは「右撚り」であり、最終のロープは従って「左撚り」になる。こうして出来上がったロープは、だから「左撚り」の三本撚りロープである、と決まれば結構なことなのであるが、何度も言っているように、そうもいかないのである。


<視点を変えれば右にも左にもなる>


下図は螺旋階段である。左の螺旋階段は右手が内側になって時計回り(右回り)に登っていく。下りは左手が内側になって反時計回り(左回り)となる。右の螺旋階段はバチカン美術館の二重螺旋階段であるが、これは逆に左手が内側になって反時計回りに上っていく。同じ二重螺旋階段でも日本で唯一の二重螺旋階段を持つ会津若松にある「栄螺(さざえ)堂」は逆であった。入口から直接に階段に沿って時計回り(右回り)に登っていったのだが、気がつかないうちに反時計回り(左回り)で降りていき、入口とは別の出口から出ていったという不思議な体験をした。螺旋階段では一階から地下に直接に下りて行く場合もあるし、一階から上の階に上っていく場合もあるだろう。同じ螺旋階段なのにどちらに行くかによって「右巻き」なのか「左巻き」なのかは簡単には決められない。建築家はどのように言っているのだろうか。(下図はクリックすれば大きくなります)


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また下図は台風の写真である。北半球で発生する台風はコリオリの力を受けて「反時計回り」に回転するので、台風の雲の渦は「左巻き」となる。天気予報では見慣れた写真であるので、誰でも台風は左巻きの渦を持つものだと思い込んでいるのであるが、これは宇宙から眺めた場合である。地上にいる我々がもしも観察できるならば、雲の渦は「右巻き」になっていないとおかしい。暗黙のうちに基準は宇宙から見た場合になっているのであろう。(下図はクリックすれば大きくなります)


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<間違いのない「Z撚り・S撚り」>

ことほどさように、「右」と「左」がついた言葉は極めて相対的・あいまいであって、よって立つ視点を決めないと正確には語ることができない。いちいち定義を明確にしておかないといけない。ロープなどは世界共通に工業的に用いられるので、これでは困る。実は、ロープのねじりの方向については「ISO 2」として決められていて、アルファベット大文字の“Z”か“S”の2つに分類することになっているのである。文字の中間の斜め部分が“Z”のように右上から左下への方向と同じならばそのロープは「Z撚り」と命名し、“S”のように左上から右下への方向と同じならばそのロープは「S撚り」と命名しようと言うのである。(下図はクリックすれば大きくなります)


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なるほどたしかに、ロープがどのような状態におかれていても、どのような視点で語られていようとも、「Z撚り・S撚り」は常に「Z撚り・S撚り」である。「Z撚り」は「左撚り」のストランドから作られているので「Z撚り」は「左撚り」であり、同じ理由で「S撚り」は「右撚り」となる。


ロープ自体が「右巻き・右回り(right-handed)」なのか、「左巻き・左回り(left-handed)」なのかは、英語では"handedness"というのだが、それはまた別の話である。"handedness"は日本語でうまい言い方がないのであるが、「キラリティ」と言えば理系の方は感じがわかってくれるであろうか。つまり「右」「左」を決めたい時は『ロープの観察者から遠ざかるにつれてねじりの方向がどちらになるのかで決める』との定義なので、ロープの端を手前に置いたときに「Z撚り・左撚り(Z twist or left twist)」のロープは左下から斜め右上方向にストランドが走っているので「右回り・右巻き(right-handed)」のロープであり、「S撚り・右撚り(S twist or right twist)」のロープは同様に観察して「左回り・左巻き(left-handed)」のロープとなる。一つのロープなのに右と左が混在して、実にややこしい。


余計なことかもしれないが、見上げたときにロープの「Z撚り」のように見える螺旋階段は「反時計回り(anticlockwise)」、つまり「左回り(left-habded)」に登って行くことになる。しかし「Z撚り」のロープ自体は「右回り・右巻き(right-handed)」のロープなのである。これまた実にややこしい。ロープの「Z撚り」のように見える螺旋階段は「Z巻き」の螺旋階段と呼べばいいではないか。


また二重螺旋階段と言えば二重螺旋のDNAを思い出すのであるが、その右と左についてもややこしい。DNAには最も普遍的なB型の他に、A型とZ型がある。下図はワトソンとクリックがキャベンディッシュ研究所で針金細工で作り上げたDNA模型であり、現在ではB型DNAと呼ばれている。


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B型は見たとおりの「Z巻き」であって、これはロープの“ISO 2"の定義に準拠すれば「右回り right-handed」であり、「右巻き」と言えよう。A型も同様に「Z巻き」であるが、zig-zag型と言われているZ型は「S巻き」であって、これまたややこしい。これは「左回りleft-handed」であり、「左巻き」と言えよう。だが、ロープの「撚り」の言葉をつかうとそれぞれ「左撚り」・「右撚り」になってしまう。


つまりロープに限らず、ねじりのついた自然物や造形物に対しても、ロープなどに適用する“ISO 2”を準用して、ねじり(twist)の方向を「Z撚り・Z巻き」あるいは「S撚り・S巻き」としておけば、「右撚り」が「左巻き・左回り」になったり、「左撚り」が「右巻き・右回り」になってりする大混乱は起こさないと言うわけだ。そうやってみると、前話で混乱を起こした縄文の縄(なわ)と美並村の縄(なわ)の「右撚り・左撚り」問題は決着が着いた。納得したというか、得心がいったのである。つまりまとめると下図のようになる。(下図はクリックすれば大きくなります)


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もちろんロープは表面だけをみると「編みロープ」のように「撚りロープ」のように見えないものも多いのだが、ほとんどすべての「撚りロープ」は「Z撚り」になっていることに気がつくと思う。世界中で「Z撚り」ロープしか生産していないと思うほどである。このロープは「左撚り」であって、同時に「右巻き」であることもよくわかった。


<縄は右撚りと左撚りで使い分けられているのか?>


ここまではそれでよかったのだが、また別の関心事が生じたのである。美並村の縄(なわ)の「左縄」である「Z撚り」の縄は神事用に、その反対の「右縄」つまり「S撚り」の縄は一般用に使い分けられているという。たしかに美並村の星宮神社の注連縄(しめなわ)は下図に見られるように「Z撚り」であった。


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しかし世間では「Z撚り・左縄」の方が一般用途に使われているのであるから、「右縄」つまり「S撚り」の「なわ」が一般用だった美並村は少数派であり、めずらしい地域ということになる。ほんとうにそうなのだろうか。用途によって「右撚り・左撚り」の縄を使い分けているとしたら、神事用の典型である注連縄についても、美並村と違う「S撚り」の注連縄を飾ってある神社が他の地域にあるはずである。地域によって異なるとすれば、日本におけるその分布はあるのだろうか、あるとすればなぜなのだろうか。


縄(なわ)は縄文時代の昔からの長い歴史を伴っている。「右撚り・左撚り」は奥が深そうである。まずは神社の注連縄は「右撚り」が多いのか「左撚り」が多いのかを調べ始めようと思う。日本の神話の時代の何かがわかってくるかもしれない。


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コメント

はじめまして。

親父が氏神様の宮総代をしていて、左縄は手が反対になるというので
「この時代、左縄も販売してるんじゃないか?」
と検索をしていたところ、こちらの記事が目に止まり読ませていただきました。

#便利な世の中で左縄も販売されており、今や縄っぽい合成繊維を使う地域もあるようです。

藁を右利きが手で編むと、右手を内側から外側に滑らせるため通常Sになります。
https://www.youtube.com/watch?v=whSQYGnk9sc

なので藁を編んでロープにしていた頃はSが一般的だったのではないかと思います。

現在販売されているロープやワイヤーがZなのは、
工業化によるモーターの回転方向に依存しているのではないかと
推測してみたのですが、結論は出ませんでした。
NHKのチコちゃんに聞いてみたいものです。

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